ミラノを拠点にするデザインスタジオのフォルマファンタズマ。アンドレアとシモーネのデュオが手がけるプロダクトは、例えば「もし石油がとれなくなってしまったら?」という過程のもと、植物の樹液などを原料にする”未来のプラスチック”で花瓶を。さらに小麦粉に農業廃棄物を混ぜて土に還る器や、溶岩を主な成分にした鏡やガラスを作るなど、“当たり前にあるもの”を見直し、入念なリサーチと実験を重ねた上でデザインを施す。
だから彼らの作品のほとんどは実用性や機能性に富んでいるわけではない。むしろ決まりきった機能から解放し、「これってどういうことだ?」と私たちの想像力を助長し、時には生活様式やスタイルまでをも変えてしまう意義深いプロダクトである。そんなプロダクトを作る上で伝統や職人技術、またローカルな手工芸が必要と考えるフォルマファンタズマと、GOLDWIN INC. がSpiberと共同開発した動物由来、植物由来、合成素材に代わる次世代の素材Brewed Protein™繊維が共鳴する。これは単に身体を暑さや寒さ、けがや汚れから守るだけの衣服ではないと。
朝起きてから出社するまでの時間はどのように?
アンドレア いつもバタバタだよ。基本的には7時15分頃に起きて、テラ(愛犬のイタリアン・グレイハウンド)の散歩ついでに、軽い朝食を食べに外出。それから僕はテラを自転車に乗せて出勤する。途中で公園に寄り道して 9時にはスタジオにいるようにしている。
シモーネ 僕は歩いて出社。45分ぐらいの家からスタジオまでの散歩道は、川沿いで車通りも少なくて本当に気持ちよくてね。 この45分間は1日の中で最も自由な時間かもしれない。
撮影日スタジオに少し早くついてしまったのでみんながランチを食べる様子を見ていました。お昼ご飯はお皿で食べているし、キッチンにはスライサーがあったりとまるで家のような空間ですね。
アンドレア ミラノに引っ越してくる前はアムステルダムにいたんだけど、その時のスタジオもこのミラノの新しいスタジオも、ホーム(家)みたいな空間にしたいと思っていた。みんなにとっての家。だから当然ご飯を食べる時はお皿やカトラリーを使って食べるし、友達やクライアントがスタジオにきてくれた時のお水もピッチャーとグラスでサーブするようにしている。キッチンのオーブンはよく使われているけど、残念ながらスライサーはあまり出番が少ないようだけどね……。
グリーンもたっぷりあって居心地のいい空間です。
アンドレア ここにある植物はアムステルダムのスタジオから持ってきたものがほとんど。こっちの方が天井が高いからか、のびのびと育っている気がする。
ここは元々どんな場所だったんですか?
アンドレア 印刷工場だった場所。このスタジオがあるミラノの北西部っていうのは、元々町工場が多いインダストリアルエリアだったんだけど、COVID-19で多くの工場が倒産してしまってね。最近になってデザイン系の会社やアーティストが拠点を作って活気を取り戻しているらしい。
普段使うものは何を基準に選んでいますか?
シモーネ 日用品を選ぶ時は、大きく3つの判断基準があるかな。当たり前のことだけど、ひとつ目は機能的であるということ。2つ目はデザイン性。僕たちが考える優れたデザインというのは、主張が少ないデザイン。そして3つ目は、ハンドメイドで作られたもの。2つ目の“優れたデザイン”つまり、匿名性のあるユニバーサルなデザインとは真逆にあたるもの。あまり機能的ではないものだけども、クラフトマンシップがあり、手触りのあるもの。実はこれが一番好きだったりする。
アンドレア シモーネが言うように、家でもオフィスでも新しいものを受け入れるか受け入れないかの判断をする時に考えることがもの自体の耐久性。これは構造や素材的なタフさもあるけど、長い時間を一緒に共有できるかということ。だからあまり時代性を感じるデザインのものは手にとることが少ないかもしれないね。
フォルマファンタズマの作品、例えば小麦粉に農業廃棄物を混ぜて作った器のシリーズ「Autarchy」は陶磁器のように、焼成しない器で、大量消費社会とは違う世界をイメージさせるものでした。さらに小麦粉を、料理を作るのに必要な材料としてではなく料理を受け止める器として使うことで、また別の視点、想像力を提示してくれました。
シモーネ 空間でもプロダクトにデザインを施す時でも、どんな時でも想像力を使って仕事をすることはとても大切なことです。実用的なものしか存在しない“SF的な世界”がどれだけつまらないかは、みんなも容易に想像できると思います。私たちは目の前にあるものを固定観念だけで見ることもできる。一方で同じものだけど、その見た目や作り方、作り手の想いやアイデアまでも汲み取り、想像しながら注意深く見ることもできる。そう考えると、身の回りにあるものが私たちの生活様式やスタイルを変えるパワーがあると考えられますよね。
逆にフォルマファンタズマはそんなことを考えながらデザインをしているわけですね。
シモーネ 当然機能する時もあるし、全く機能しない場合もありますよ。だけどもこの想像力こそが人間の最大の資源だと僕たちは思っている。そんな想像力を、例えば空間やプロダクトデザインに使うことができる僕たちは固定観念を打ち壊すことができる立場にいます。例えば、環境問題にしても、想像力が役に立つ。このBrewed Protein™繊維も想像力から生まれたプロダクトだと思います。
アンドレア これはGoldwinやSpiberだけでなく、一人ひとりが環境問題を想像するだけで色々なアイディアやライフスタイルが共有されると思います。
ある程度システムが存在し、インフラも整っている現在は簡単にものが作れます。しかしあえてエネルギーと時間がかかりそうなプロセスを経てデザインに向き合っているわけですね。
アンドレア ちょうど今朝朝ごはんを食べながらそのことについてシモーネと話していたんです。
シモーネ なぜそんなに時間とエネルギーをかけるか... 正直その理由はわからない。だけども僕たちが世の中に出すものすべてを“意味ある”ものにしたい。それをするためには、当然時間もかかるし、多くの人の助けも、この価値観を分かってくるオーディエンスも必要になる。結局はそのようにして考えるのが、僕もアンドレアも、ここにいるスタッフもみんな“好き”だし、その方法しかできないし、考えられない。でも勘違いしないでほしいのは、無駄なことが嫌いだと言っているわけではない。意味ばかりを考えて生きるのも窮屈だからね。人生には常にそういう瞬間があるし、そういう瞬間も大事なのはわかっている。
では、今まで買った中で一番意味のなかったものは何ですか?
シモーネ 買ったはいいけど、次第に意味のないものになっていく…ってのはあるよね。たとえば、エッグチョコってあるでしょ?昔よく親に買ってもらっていたから、無性に買いたくなることがたまにあって。なぜ買わないかというと、開けたはいいけど、数分後テーブルの上で忘れ去られてしまうおもちゃの未来が見えるから……。しかし、それを開ける瞬間やそのおもちゃを手にした数分間は、子供だった頃を思いだして、童心に振り返ることができるんだろうね。つまり、これは意味がある買い物だったとも言えると思う。何が言いたいかというと、おそらく意味のないものなんて存在しないし、それは感じとり方次第なのかなと思うんだ。
機能性のないものを購入することはラグジュアリーだと考える人もいると思います。
アンドレア ラグジュアリーというものは難しい概念です。 ただ確実に言えることは、僕たちにとっての“ラグジュアリー”は、高価なものという定義ではないこと。あえて定義するのであれば、形になるまでにたくさんの時間と労力がかかっているものや空間なのかもしれない。もちろん時間と労力がかかっていると基本的には高価になっていくんだけど。
シモーネ 僕たちは、ラグジュアリーなものというよりも、ラグジュアリーな時間やものが私たちに何をもたらすのかを考える方が多い。ラグジュアリーというのは、それを生産することで作り手の生活がよくなったり、それを長い間使うことで使用者の生活がベターになったり、新しい考え方をもたらしてくれるいくものなんだろうね。
というのも今回着用いただいたアイテムも、生産できるまで10年間という時間を費やしたもので、それと同時に高価なものです。Brewed Protein™繊維で作られたアイテムを実際に着てみてどうでしたか?
シモーネ 素材のタッチがすごくいいです。いい意味で、自然というか。特別な日に着るものというよりも、日常的に着るものとしてイメージができる。つまり親近感。
アンドレア ファッションウェアというよりも スポーツウェアやワークウェアのような要素が感じられるものは、個人的に好きなテイストです。見た目のデザインだけでなく、実際に着ているときに感じたのは、ニットにした時の柔らかさ、そしてアウトドアジャケットにした時のハリ。感覚的にとても気持ちいものですね。
Regenerativeという言葉を聞いて何をイメージしますか?
シモーネ 僕は「再生」という言葉がとても好きです。なぜならそれは想像力に溢れた言葉だから。僕たちは最近「再生型農業」というものをリサーチしています。これは土地の土壌をただ健康的に保つのではなく、土壌を修復・改善しながら自然環境の回復に繋げることを目指す農業の概念。この概念の美しいところは、自分だけでなく、他の生き物や存在を肯定しながら実践していくというところにあると思います。
アンドレア 無駄なものを無駄と思うことではなく、トランスフォーメーションすることなのでしょうね。 変容や変異したり……。 素晴らしいコンセプトやイメージのあるこの言葉を乱用せず、大切にしていかないといけないですね。
シモーネ・ファレジンとアンドレア・トルマキによって設立したリサーチベースデザインスタジオ。素材の探究、文化や伝統に重きを置いた発想、必ずしも機能を最優先にしない実験的な姿勢によるデザインが注目されている。