会話を音楽にする。民謡を現代的な音に変化させる。クリストフ・シャソルとはさまざまな音を音楽にするアーティストである。人の声、小鳥のされずり、ドアのバタン!と閉まる音や雨が地面に当たる音。気づけば、私たちはさまざまな音に囲まれながら生活をしてる。クリストフの耳はそれらを“ノイズ”として聞き逃すことなく、むしろ唯一無二の貴重な音として捉え、メロディーにしていく。この彼特有の音楽作りは、音という自然物に手を加えることで、騒音すらも心地のいい音楽へと甦らす。もし彼の耳を借りられたとしたら、毎朝歩く道も毎日違う楽しさが見出せることだろう。
最近耳にした印象的な音はどんな音ですか?
この前家族で集まる機会があって、その時に姪っ子が「バーバーバー」と何かを伝えようと発した声かな。ものすごく感動的な瞬間だった。今まで泣くことでコミュニケーションしていた子供が初めて声という音を使った瞬間に立ち会えたことに感動したね。あと家の前の通りで会った女性の声もずっと頭に残ってる。何回か会っているから、おそらく近所に住んでいる人だと思うんだけど、まるでアニメに出てくるようなとても印象的な声。声だけでなく、どこかミュージカルの台詞のような言い回しで、なかでも「あら坊や、とても素敵な髪をしているわね」という一文が頭から離れない。
クリストフが映画音楽の制作に関わっているのも影響しているのかもしれません。些細な生活シーンや日常的な言葉ですら気になってしまう……ソランジュの4枚目のアルバム<When I get home>でも、インタビューから切り取った彼女の言葉にメロディーをのせたものを<Things I Imagine>や<Dreams>という曲にしていましたね。
今は昔ほど映画音楽を制作しているわけではないけどね。でも職人的なもの作りへの姿勢は変わらないよ。それに昔に比べると音を自由に扱えるようにもなった。クラシック音楽を勉強するためにボストンにあるバークリー音楽大学に入学。そこを卒業して、音楽の先生をしたこともあったし、テレビ広告の作曲をしたこともあった。オーケストラのアレンジもしていた。音楽にまつわることをいろいろやってきた結果、フィールドレコーディングであったり、ソランジュの時に使用した“ウルトラスコア”というテクニックを見出せたんだと思う。当たり前だけど、自分のスタイルを見つけるには時間がかかるよ。
今日はクリストフの自宅で撮影していますが、最近引っ越してきたばかりですか?
そこらへんにダンボールがあって撮影しづらいよね、申し訳ない。ちょっと前に引っ越しをして、まだあまり片付けられていなくて。前の家はもっと都心の方にあったんだけど、少し距離をおいてみることにした。確かにエネルギーは違うけど、でもこのエリアはこのエリアで、静かだから気に入ってる。
地下にはスタジオも作る予定と。
絶賛リノベーション中。防音にしないといけないし、あと2年ぐらいかかるかもしれない。今回見せられなくて残念だよ。2階にあるこの部屋はスタジオができるまでの作業部屋。光が入って気持ちいいでしょ。窓から前の通りが見えるし、子供が帰ってきたとかもすぐ分かるからね。
裏には大きな庭もあります。あそこにある大きな鏡は一体なんですか?
あぁ〜あれは道端で拾ってきた大きな鏡。夜、ベッドルームからあの鏡をみると星空とか、運がよければ月が反射して不思議な光景になる。それが好きで、ああしておいているんだ。子供にとっては不気味らしいけど。
先ほど散歩している時に、今までAmazonやUBER EATSなどのデリバリーサービスはあまり使わないと話していましたね。
デリバリーも含めて、ほとんどの買い物は店舗に行って買うし、ご飯はレストランか家で作って食べているし。怠けたくないっていうのも理由のひとつだけど、買い物やご飯を食べにいく道中すらも楽しいんだろうね。例えばレコードを買いに行くとする。当然レコードを買いに行くことが目的なんだけど、その前後にある、例えばたまたま寄ったパン屋が美味しかったとか、レコードストアの店員との会話が弾んだとか、その時購入したレコードにはそんな思い出が詰まっている。買い物ってそれ込みの話なのかなって思うんだ。つまり効率的なことで得することもあるけど、損することもあるって話。
特にあなたの場合は、そんな買い物の道中で起こる些細な出来事ですら、作品にしてしまいそうですからね。<Madame Etienne Lise>という作品も何かマーケットのようなところで咄嗟に録音している雰囲気がありました。
その通り!市場で小麦粉が入った大きなビニール袋を持っている女性がいてね。 その姿が面白かったので「何を売っているのですか?」とマイクを持ってたずねることにしたんだ。すると彼女は質問されるのが嬉しかったからか、自分のことを話しはじめるんだ。自分が何者であるかを。「私は85歳。ずっとカーニバルで踊っていた、だからダンスが得意だし、音楽も好きでたくさん聴く」とか。メロディーを載せてみると、また違うように聞こえるのが面白くて。
好きな言葉や影響を受けている名言みたいなものはありますか?
アメリカのアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキアが言った、“The more I paint, the more I like everything”(絵を描けば描くほど、すべてが好きになる)っていう言葉がある。いい言葉。僕も音楽を作れば作るほど、会話や鳥のさえずり、ドアがしまる音、さらにノイズとされるような音まで、すべての音が、コードを作るためのリソースとして存在しているように思う感覚になることがある。するとどんどんいろいろと世界に存在する音を聞くことに興味を持つようになるし、その音を発するものが尊く見えるようになる。つまりこのバスキアの言葉は、ここに落ちている糸クズですら、何かに使える宝物なのかもしれない、という“ものの見方”を変えるんだ。
ゴミをゴミとして見ない……。再生や循環につながる大切な話です。
そうだね。でも僕がさっき言ったことを思い出してごらん。僕は“ゴミ”とすら呼んでないよ(笑)。
ハプニングとかアクシデントとかは好きな方ですか?
どちらかというと苦手かな。小さいころからジャズやクラシックを習ってきたけど、ジャズ特有のインプロビゼーション(即興)での演奏方法もあまりしっくりこなかった。だからこそ、我流で即興演奏の方法を見つけることにしたのさ。スティーブ・ライヒのようなミニマリストのテクニックを使ってね。僕の演奏スタイルのひとつに、旅先で撮影してきた記録ビデオの上に、音楽を乗せるものがあるんだけど、これもまた完全な即興とは違う。なぜなら記録された映像の上に音をのせているから。つまり全部を即興でやるよりも、計画的に演奏されたものをベースにして、即興的に演奏する方が僕は得意なのかもね。
“再生”と聞いて何を思い浮かべますか?
再生していいこともあれば、そうでないこともあるのかな。ほとんどの再生は歓迎するけど、“再生”がうまく行かないときというのは、映画や音楽にある“リメイク”や“リマスター”と呼ばれるているもの。古いものを使って新しいものを作っても結局ほとんどの場合はうまくいかない。僕も映画のリメイク版に何度失望させられたか……でもスピルバーグのウェスト・サイド・ストーリーは素晴らしかった。きちんと今の時代性も含んでいて。
今回の洋服を着た印象はどうですか?
ロゴものや派手なデザインの服を普段着ないので、こういうクラシックなデザインのコートは好きだよ。それに生地感もよくて、着ていると“守られている”感じがする。
地下にあったキーボードのロゴを黒いテープで隠していましたね。
そう。あれもなんかクラブに行った時に、DJが使ってるパソコンのリンゴマークがどうしても気になってしまってね。音楽を聞きにきたのに、リンゴマークばっかり見ているような……。だから使う音楽機器のブランド名すらもああやってテープで隠してしまうこともある。
今より世界をベターにするためには、みんなができることってなんだと思いますか?
私は26歳のときにボストンにあるバークリー音楽大学に合格した。ボストンで生活しているときは、友達のおじさんの家に宿泊させてもらっていた。そのおじさんは音楽が大好きだから、一緒に音楽を聴いたり、それに僕が作曲した曲を聴いてもらったこともあった。当時って言うのは、パソコンを使って音を作るのがまだまだ珍しい時代だったから、僕もなんとなくパソコンで音楽を作ることに挑戦していて。それでおじさんにできた音楽を聞かせると、「クリストフ、この方法は学校内では秘密にしておいた方がいい。絶対に誰かにパクられるから!」と忠告されて。でも、僕はおじさんの言ってることに賛同できなくて、どうやって作るのかを友人に教えてあげたんだ。もちろんおじさんが言う「秘密にする」理由も分かる。でも、音楽がもっと面白くなることを考えると、やっぱり共有した方がいいし、音楽という表現方法が前進するのであれば、自分は隠すことなく、全てを共有すべきだと思っている。最近でいうと“コモンズ”という空間の考え方に近いのかな。知識や技術を独占するのではなく、みんなに共有することはすごく大事なことだと思う。
1976年生まれ。幼少期より音楽に触れ、バークリー音楽院大学に入学後は、TVCMや映画などの音楽制作をはじめプロの音楽家としてデビュー。フランク・オーシャンの『Endless』(2016年)やソランジュの最新作『When I Get Home』(2019年)にも参加するほか、演劇やダンスなどでも多種多様なジャンルで活躍する。